スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

07.元気になれば病気は直るhttp://www8.plala.or.jp/puresimon/


ここのところ話が精神的な面に偏ってしもうて
「シモンてもしかしたら新手の新興宗教とちゃうか?」
と思う人が出てきそうやから、
今回はちょっと身体よりの話にもどそ。

今回のテーマは『炎症』。
『炎症』いうたらみんな一回くらいは聞いたことあるやろ?
「胃『炎』」「肺『炎』」「気管支『炎』」
「慢性肝『炎』」「皮膚『炎』」etc.…
これて全部『炎症』なんや。

『炎症』、炎の燃え上がるがごとき症状、恐そな名前やなぁー。
シロウト脅かすにはもってこいや。

薬屋のお姉ちゃんから
「お客さん、風邪こじらせてますね。」
て言われても
「あぁ、しもた。こじらせてしもた!」
て思うだけやけど、

病院行って医者から
「こりゃ気管支炎だよ。気・管・支・炎!
血液検査も炎症反応がこんなにあがっとる!」
て言われたら
「病院オタク」やなかったらちょっとビビるやろ。

この辺の微妙ーな言いまわしが
うちの業界のセールス・トークなんやけどな。

これには裏があってな、
医者以外のもんが病気を『診断』したら
『医師法』に触れて『偽医者行為』になるんや。

『診断』いうたら『病名』をつけること。
『風邪』いうのんは『病名』やないから
薬局のねえちゃんが「あんたは風邪や。」て言うてもええんや。

そやけど『気管支炎』ていうんは
れっきとした『病名』やから
医師免許を持ってないもんが
「あなたは『気管支炎』です。」
て言うてしまうのんは、ホンマはアカンのや。

経験積んでちゃんとわかっとっても言うたらアカンのや。
医者なりたてのピイピイが、
わからん癖に『気管支炎です。』言うてもかまへんのや。

矛盾やなぁ。

ついでに『この病気は○○で治ります。』て言うんも、
医者以外は言うたらアカンのや。

『医師法』『薬事法』に触れるんや。

当然『シモンイモ』でもいっしょや。

電話相談とかで相談にのってくれはる人に
ツッコミ入れて困らせたらアカンで。

言いとうても言われへんねんから…。

話がそれた。
医者に
「えーと『炎症』て何ですか?」
いうて聞いたら、たいてい

「簡単に言うたら『腫れてる』ていうことです。」

「腫れとったら悪いんですか?」

「そりゃ駄目ダメ、『悪い』から『腫れて』るんだから。」

という会話になることは請け合い。

みんなたいていこれで納得してまうさかいに
「アホや」言うんや。

よう考えてや、この会話、
『腫れ』てたら何で『悪い』か全然わからへん。

結論から行こか。
『炎症』はええことや!

『病理学』の教科書の一番最初に
「『炎症』とは『組織修復機点』のことである。」
とちゃんと書いたある。

医学の基本の基本の基本の基本や。

『組織修復機点』いうんは
簡単に言うたら
「身体の壊れたとこ直す働きでっせ!」
いうことや。

たとえて言おか。

あなたがブティックでも経営してたとする。

朝お店に行ってみたら
ショー・ウインドーは割れてるし、
中は荒らされとるし、壁紙ははげてるし…と
悲惨に壊れとる。

さぁどうする。

警察と保険屋よんで被害届だすのんも大事やけど、
早いこときれいにして店開けへんかっら商売上がったりや。

土建屋に電話して修理を頼むやろ?
ほんなら土建屋はどないするかいうたら、
まず鳶職人呼んで店の前に足場組んで青いシート張って、
内装とか電工とかの職人呼んできて改修にかかるわな。

ほんなら職人はセメントとか電機工具とか
諸々の材料持ち込んでくるから、
店の中はほこりはでるわ、材料は転がってるわ、騒音はするわ、瓦礫は出るわで
足の踏み場所もあらへんようになる。
いつもの小綺麗なブティックとは雲泥の差ぁや。

もしもこの時あなたが変な潔癖性で、
この惨状に我慢がでけへんで
土建屋にこうクレームつけたらどないなる?

「奇麗なうちのお店のイメージに合わないから、
このみっともないシート剥がして
職人に背広着せてゴミ出さへんで
汚さないで修理してちょうだい!」

おいおいおい、ちょと待てや。
仕事にならへんから修理でけへんし、
まぁどうしてもそれでせぇ言うんやったら
ムチャクチャ金と時間かかるでぇ!

あんた頭おかしいんちゃうか?
工事中やからこれで当たり前なんや。
いつもと違う異常な状態が当たり前なんや。
異常な状態にならへんかったら修理れへんのや。
みんなで一生懸命壊れたとこ修理してくれてはるんやないか!
ありがとう思わんでどないするんや。

ええか、
『炎症』いうのんはこういうことや。
『血液検査の異常値』ていうのもこういうことや。

『炎症』は無理に止めたらアカン。
『異常値』を無理に正常にしたらアカンのや。

(来月も続くぞぉ。)



続く

06.元気になれば病気は直るhttp://www8.plala.or.jp/puresimon/


前回は
「身体のじゃませえへんようにするには考えてもしゃあない。」
と言うた。

そのわけが自律神経にあることもちょっとだけ書いた。

「自律神経。」
これほど誤解を受けてる身体の働きもめずらしいやろなぁ。
みぃんな「自分の意志で生きてる。」いう意識が強いよってなぁ。

人間が生きるための身体の働きをコーディネートしてるんが
神経の天才、つまり天賦の才なんやけど、
みんな意志してやれるもんしか
意識しぃはれへんから(ま、当たり前か…)
意志ででけへん物事をなかなか認めようとしてくれはらへん。

人間を活かせてるコーディネートの働きのほとんどは
意志してでけへん自律神経の働きであって、
みんなが意識してる意志の働きちゅうんは
全部の働きの一割にもみたへんのや。

人間が意志してやれるこというのんは
身体の働きの全部から言うたら、
ホンマに氷山の一角にも値せん程度のことなんや。

そやのにほとんどの人が
このホンのわずかの意志でコントロールできる働きが
身体のすべてやと誤解してる。

困ったこっちゃなぁ。

自律神経の働きが意識でけへんから言う理由で
「自分は自分の意志で活きてるんや!」
と豪語できる人の自律神経は大変や。

無茶ばっかり言うてくる大脳を、
黙って一生懸命支えたらなあかん。

第一回にも書いた通り、
自律神経(旧脳)は言葉を持たんよってにな。

耐えがたきを耐え忍びがたきを忍び、
自然型から外れたワガママな意志を遂行させるのんを
支えるためにガンバっとるんや。

かわいそうやなぁ。
もし自律神経がスト起こしたらどないなるか
考えたことみんなあらへんやろけど、
全部意志でやるとこういうことになる。


まずご飯を食べようと意志する。

しかし「お腹がすいた」という感覚は意識されない。

だから時計を見ながら
そろそろ血糖値が下がっているだろう
と推測される時間に食卓につく。

もちろん「時計を見る」という動作にも
部屋の明るさがまぶしければ、
意志して瞳を縮めなければならないし
暗ければ瞳を拡げなければならない。

時計のほうを見るためには、
首にある十数本の筋肉全てをひとつひとつ緩めたり縮めたり
いちいち考えてしなければならない。

もちろん首を戻して
食卓に歩いていくために立ち上がろう
とすることも全部同じ。

さて立ち上がると
血は重力にしたがって足に残ろうとするので
脳貧血が起こる。

これを防ぐために
下半身の血管を縮めて
血が足に行かないようにしなければならない。

また一歩踏み出すごとに
足がどのくらいの圧力で地についているかどうかを
いちいち確かめ、
すべての関節がどのくらい曲がっているかを感じ、
すべての関節が意志したとおりの角度になるように
数十本の筋肉に
いちいち伸ばす縮むの意志を出さなければならない。

一歩足を出す度に身体の傾きを
縦横高さそれぞれについて感じ、
首や目の玉がまっすぐ前を向いているように
またまた筋肉に意志を出さねばならない。

少しでも意志が遅れたら倒れてしまう。
そんなこんなでようやく口の中に食べものが入ったとしよう。
(書くのが面倒い!)

口の粘膜に食べものが接たる少し前に
唾液を搾り出さなければならない。

そして食べ物の口の中の一を感じつつ
舌を歯でかまないように気をつけながら、
舌の筋肉に意志して
食べものがまだ喉に進まないような位置に
とどめなければならない。

喉に送るにあたっては、
鼻に入らないように「のどちんこ」の筋肉に意志して
「のどちんこ」を鼻の方に倒さなければならない。

喉にはいったなら
気管にはいらないように声帯を塞ぎつつ、
胃に意志して胃液を搾り出しておかねばならない。

また食道の筋肉が上から下に順送りに
縮んでは緩むように意志しなければならない。

そして脳の血管に意志して縮むように、
胃や腸へ行く血管に意志して
ひらくようにしなければならない。

そして食べものが腸に行かないように…

あ、心臓とまってしもた!



これでもだいぶハショって書いてるけど、
読むの疲れたやろ?
書くのんも疲れた。
これ「やれ!」言われてあんたがたできる?

「でけへん」て言うんやったら、
『自分の意志ていうもんの無力さ』

『自律神経によって生かさせてもろうとる。』
という現実を認めてえや。

自律神経の働きいうのんが 
「人間の自然型の働き」なんや。

自律神経にすべてお任せできたら
完全に自然と調和するんや。

自然と調和したら病気である必要がのうなるんや。

一時が万事、意志というもんが上に立とうとするさかい
身体の働きに逆らうことになる。

みんなもう一回
「人間ていう動物にとって自然って何なんや。」
ていうことを考えてみてえな。


続く

2008.6/25 解説
この章で説明しているのは、「自律神経」とわかりやすく書いているが、
純粋な意味での「自律神経系」、
つまり「交感神経」と「副交感神経」だけではないことは
わかる読者ならわかってくれるだろう。
「脊髄反射」や「脳の運動野の協調機能」も含めている。
ま、どれにしても、通常は「意思」でコントロールできない。
(ヨガの行者には自律神経を意思できる人がいるが、
それがいいことなのかどうかはわからない。)

05.元気になれば病気は直るhttp://www8.plala.or.jp/puresimon/


前号では
細胞一匹一匹までちゃんと
血ぃが酸素と血糖を運んでくれることが
「細胞が泣いてよろこぶ」
第一歩やと言うた。

まずは
息ができて食べれてなんぼのもんや。
なに食べたらええかとか
美味しいかとかいうんは二の次。
次に大事なんは、
食べたいときに食べれること、
食べとうない時は食べへんこと。

酸素も一緒や。
例えば胃とか腸、
これは食べもんを食べた時に働くように
産まれもって決められて
そのために一番ええ形に成長した、
言わば「消化吸収のプロ」や。

そやから食べもんが入ってないときは
ぐた~と休むようになってるし、
食べもんが入ったら
一生懸命消化したり吸収したりするように働き出す、
当たり前のこっちゃ。

言い換えたら
胃とか腸からいうたら
こういうふうに使こうてもらえることが、
自らの天才が発揮できて一番嬉しいんや。

この天才いうんは「天賦の才」の略。

みんなでもそうやろ?
自分が一番得意なことてあるやん。
これやらしてもろとったら嬉しいやろ?
他人からみたら
「しんどいのにようやるわ・・・」
とかいうようなことでも
自分が好きなことやったら苦にならへんやん。

好きなもんこそ上手なれて言うやん。

こういうのを「天賦の才」、
略して天才て言うんや。

胃には胃の天才、
腸には腸の天才、
心臓、肺、筋肉、骨etc.
みんなそれぞれの天才に従ごうて働いとるんがハッピーなんや。

さてと、
例えば胃とか腸がその天才に従ごうて
ハッピーに働きたい時には
当然酸素と血糖がようけ要る。

そやから身体いうのんは
胃とか腸が働きたいときには
胃とか腸にようけ血ぃをまわしてやれるようになっとる。

これが自律神経の大事な働きや。

「ご飯しっかり食べたら眠とうなる。」
身体の血ぃが胃とか腸にしっかりまわるから
脳に行く血ぃが少のうなって
ボケて眠たいていう現象になるんや。

あったり前のことや。
ようできたサポート・システムやなあ。
これを自然型と言う。

ご飯食べた後には
頭使うようなことしたらアカンのや。

サポートでけへんから脳はアップアップや、
考えるていう天才を十分に発揮でけへん。

胃とか腸もかわいそうや。
しっかり嬉しゅう働いとるのに、
今いらん頭に血ぃとられて
自分とこの血ぃ減らされたらアップアップや。

元気がのうなるから
胃液から自分を護る力がのうなって
溶けて胃潰瘍になってしもたり、
いろいろ選り分けて
要るもんだけ吸収する力が少のうなって、
要らへん毒物とかバイ菌まで吸収してしまうようになるから、
肝臓の解毒する仕事が多なったり
訳のわからんアレルギーとかが起こってくるんや。

あったり前のことや。
そら自然型に逆ろうてることやからな。

ええか!
仕事しながら飯喰ういうこと自体
身体のじゃましとるいうことなんや。

自分が病気作っとるんやで。
飯喰うたらボケ~として 
「あぁ美味しかった・・・嬉しいなぁ」
いう時間を過ごすように身体はなっとるんや。

飯喰うたら寝転がって牛になってええんや。
行儀とか作法とかは関係あらへんのや。
人間の作った決まりなんか身体には関係ないんや。

心臓なんかは休まず働いてくれとる、
これが心臓の天才や。
こんだけ生真面目に働いてくれるんやから
サポートはちゃんとやっとかへんかったら
血液不足ですぐアップアップや。

そやから心臓が送り出した血ぃは即、
心臓の動脈に行くようになっとる。
心臓だけは特別あつかいや。

胃とか腸とか脳とか他の内臓からみたら
不平等なことやなぁと思うかも知れへんけど、
必要なものを必要なときに必要なだけあげる、
それに代償を求めへん。

これが身体のいう平等なんや。

自然は「与える仕組」で動いてるんや。
自然には自由も平等もあらへん。

自由いうんは
心臓が胃になれるていうことやし、
平等ていうんは
心臓と胃が交換可能やいうことや。

けど心臓がいくら望んでみたって胃にはなられへん。
手術で取り替えても代りはでけへん。
そらそうやろ?
心臓が胃の役割やれて言われてもヘタクソやし、
いくら練習しても上手もうならへんし、
心臓はどだい嬉しゅうないで。

自然に平等があるとしたら
天賦の才のもとでの平等だけや。

胃は胃としてかけがえないものであって、
心臓は心臓としてかけがえのないものである、
このふたつには優劣はない。
これが自然の平等なんや。

いくら天才のもとでの平等いうたって一律の平等やない。
食べるときには胃腸が先で脳は後や。
逆に考えなあかん時には脳が先で胃腸は後や。

その時その時の状況で何を優先するかが決まる。
順番は大事や、
その時々の順番まちごうたら
同じことでも身体のじゃまになってしまう。

な、胃と心臓のふたつとっただけでもこんだけ難しいねん。

身体のじゃまをせえへんいうのんは
考えたら考えるほど難しいもんや。

自律神経の働きやから
考えてできるもんとちゃうんや。


続く

03.元気になれば病気は直るhttp://www8.plala.or.jp/puresimon/


(前号からの続き)

こういうこと書いてる医学書なんかもあらへんしなぁ・・・

そやから世の中の治療いうのんは
病院でも針でも灸でもカイロでも健康食品でも断食でも
ほとんどが対症療法や。

対症療法いうんは手っ取り早う
「あなたにとってご都合の」
悪い症状をとるのを目的にしてるいうことやろ?

そやからみんな言うやん?

「症状がとれて良くなりました」
てね。

そやけど「症状」いうのんは
身体が直るために必要な自然治癒の反応や
いうてこの前書いた。

そやから
「大なり小なり症状をとるていうのんは自然治癒のじゃまをする」
いうことなんや。

ほんまは症状はどんどん出たほうがええ。

症状の意味もわからんと
自分と病人の「ご都合のままに」症状とめとる治療者は
身体つぶしてるようなもんや。

こないいうたら
「対症療法は悪や。絶対拒否します!」
言うてムキになるアホがおるやろけど
それもちゃう。

盆栽は放っといてももう自然型には戻られへん。
枯れてしもたらどないしようもないから
自然型に戻れるとこまで手ぇいれて
ゆっくり剪定してたらんとあかん。

対症療法で
一応これ以上メチャクチャになって死なんようにしといてから、
今まであんたが知らず間違えてきた
生活パターンや身体が何を望んでるかいうことを
お伝えしたげんとあかんのや。

そんでから
自分が使った対症療法なんか
本来身体にとって必要ないことやということもな。

そうやってフォローして初めて対症療法が活きてくる。

即物的な医者とか薬学者とかその他もろもろの治療者もアホやけど、
もっとどアホなあんた方が
「症状が悪や」
て思て
お手軽に「すぐに症状とめてほしい」言うさかい
こんな対症療法が大流行りする。

冷房ガンガン効かせながら
「原子力発電所は造るな!」
言うてるようなもんや。

世の中に誰も望まんムダなもんは存在せん!

みんなが自らそれぞれのの自然型に気づいて、
身体のお知らせにスナオにしたがって
生活パターンを変える勇気をもってくれるようになったら、

その時には
医者も病院も薬も針も灸も健康食品も、
もちろんシモンイモもいらへん幸せな世の中になるんやけどなぁ。

だいたい治療者て他人に言われるもんは、
間違えても自分が「病気を治せる」なんて思たらあかん。

そう思てる奴は傲慢野郎のコンコンチキや。
医者でもカイロでも鍼灸でも霊能力でもええ、
もし治療者が「自分が治した」て言いたかったら死体の傷を直してもらいたい。
別に死体を生き返らせろというわけやあらへん。
自然治癒力のお世話にならんで傷をひっつけてほしい。
結果から言うたら「死体は直らん」。
赤ちゃんの怪我がすぐ直って年寄りの怪我が直りにくいのんも、
そら新陳代謝が活発かどうかいうことや。
自然治癒力の問題やね。

そやから病気になってしもた人は
間違えても治療者や薬とか食品なんかだけで
病気が直るとか思たらあかん。
自分の生活パターンとか体力とかをちゃんとせえへんといて、
そんなもんで手っとり早うに直る思うとる奴は
愚かもんの不精もんのお手軽バカや。

みんなが「他人を治した治した」言うてるんは、
歪んでるのんを真っ直ぐなる方向にちょっと手伝っただけや。
もともと身体は元に戻りたがってるんや。
他人は身体のお手伝いをするが精一杯なんや。
「治した」んやあらへん、「直った」んやで!
みんなもうちょっと謙虚にならんとあかんわ。

「病気を治そう」ていうんは
「病気は悪い」ていう考え方やてわかったら
「病気を治そう」としたらあかんていうのわかるやろ。

アタマで「治そう」としたらもっと歪んでいくだけや。
病気いうもんはアタマや他人が「治す」もんやのうて、
自ら身体を歪めていることが解消したら
自ずから「直る」もんなんや。

病気である必要がのうなるんや。
そのためには身体の自然型にもどらんとあかん。
なんというても大脳でくよくよ考えて
旧脳を押さえつけてるのをやめんとどないしょうもない。

これがストレスいうもんなんや。
旧脳が喜ぶようにしてやらんとあかんのや。
旧脳が喜ぶのは「うれしい」感情になることやと言うた。

実際「うれしい」時は
免疫力も、ホルモン分泌も、新陳代謝も活発になる。
これがなかったらいくら何をやっても効果はない。

みんなすぐ
「早く(手っ取り速く)症状を取ってもらって
もとの生活に戻りたい。」

なぁんてぬかしよるけど、
なぁ、せっかく身体が病気にしてくれて
今までの生活パターンのしがらみからのがれさせてくれたんやろ?

堂々と休めるようにしてくれたんやろ?

「もうやめてくれ」言うてんねやろ?

そやのにまだ性懲りもなく同じ間違いするつもりか?

もうあんたらはこの真実を知ってしもうたんや。

わかっとって同じこと二回やる奴はアホやで。

小理屈言わんと、まずいつも「うれしい」気分になれること。

その上ですべてが始まると思うてぇや。

身体が直る方向に動き出すていうことは
自然治癒力がじゃまされずに動き出すていうことなんやけど、
ひとくちに「自然治癒力を強うする」いうても
みんないろんな中途半端な医学知識、
科学知識とか健康知識とか俗説とか
生命エネルギーがどうの守護霊がどうの宇宙パワーがどうの
ていうように訳がわからんようになってしもうとるやろ?

誤解を恐れずに簡単に言うてしもたら
「細胞一匹一匹が泣いて喜ぶ」
ようにしたることなんや。

来月はこの話でいってみよ~か!


続く

02.元気になれば病気は直るhttp://www8.plala.or.jp/puresimon/


元気になれば病気は直る 2

「病気は今のあなたの生活やめさせるための安全弁や」
と、この前書いた。

病気恨んだらあかんでぇ、
毛嫌いしたらあかんのやでぇ
言うたわけや。

これは、今のしんどさから逃れるための大前提や。

病気直すために一番大事なことやから、
こればっかりは曲げるわけにはいかん。

誤解してもろたら困るんやけど、
河井は何もそこいらへんの医者が言うような
「病気と仲良くつきあいなさい。」
とかいうタワゴト言うとるんやあらへん。

「病気と仲よう・・・」
いうんは
「今までの生活パターンそのままで騙しだまし行きぃや。」
いうことや。

そやない!
生活とか考え方変えんとあかんとこに来てる言うてるんや。
これて簡単やけどゴッツぅ難しぃことやで。

「病気を直す」いうんは「病気である必要をなくす」
て言うことやからな。

これがちゃんとわかってへんかったら、
たとえ対症療法でようなったとしても

絶対に再発するか、
もっと悲惨な事態になるやろ
ゆうことは賭けてもええ。

そやから妥協したらあかんのや。

 みんな、「今」の病気しか見えへんから
「今」の病気のことでしか悩んでへんと思う。
「今」の病気が治るかどうかばっかり心配してるんやと思う。

そらそうやろ、
今までこんな話だれもしてくれへんかったやろからなぁ、
自分もそやったもん。

そやけどな、安心してや、心配いらへん。

病気いうのんは
病気である必要があるから存在する
んやていうた。

まぁいうたら植木と同じや。

自然の姿やなしに
不自然な形の木ィ見て
人間がおもしろいと言うから
木ぃの気持ちも考えへんで好き勝手な形にしてしもうた。

木ぃはネは素直やから
放っといたら自然の姿に戻ろうもどろうとする。

その木ぃを
人間が不自然な形を無理やり維持しようとするさかい
手ぇが要ったり、弱なったり虫つき易うなって
手ぇとるようになったりしたんや。

元もとの植木の木の種類の性格が悪いわけやない。
歪めて悦んどる阿呆が一番悪い。

木ィは健気に、
元へ戻ろう、元へ戻ろうとしとるんや。

けどあんまりムチャクチャに歪められてしもたさかい
自分だけでは戻られへんようになってしもた。

ひどい話やなぁ、かわいそやなぁ。

そやから自分で戻れるとこまで
人間が自然型に近づくように
剪定してやらんとあかんのや、

放任やったら戻られへん。

この剪定するもんは
「自然型」を知ってなかったらでけへん。

これは
知る人ぞ知る自然農法研究家の
福岡正信師が言うてはることや。

自然の法則いうのはシンプルや。
これは木ぃだけのことやない、身体のことでもあるんや。

科学いうんは大脳の産物や。
大脳いうんは分析するんが役目やから、
何でもかんでも細こうするんはうまいけど
まとめるんはヘタや。

科学的な考え方に慣れてしもた人ほど
枝葉末梢まで全部説明せな
理解でけへんようになってまうのんも
しゃあないとは言え情けないもんや。

ホンマは一聞いたら十わからんとあかん。

話がそれた。

身体は直るようにできてる。

いつでも元の自然の形に戻ろうとしてる。

ちょっとの歪みやったら、
ホンマは誰の手ぇ借りへんでも
勝手に直るようにできてる。

みんなが病気病気言うてるんは、
ホンマの原因をなんとかしようとする身体の反応のことや。

直すための大事な大事な働きを

「病気は悪い」

ゆうて邪険にしてるんや。

みんな毛嫌いしてる「炎症」いうんは、
そのままズバリ
「自然治癒の働き」のことなんやで。

熱が出てる時ゆうのんは
身体からインターフェロンが出てるときなんやで。

身体がまだ元気やから熱も出るし炎症も起こるんや。

症状が激しいいうことは
まだ自然治癒力がしっかりあるいうことや。

ご都合が悪いゆうて邪険にしたらあかんで。

全てのからだの反応いうんは
必要やからあるんやから・・・

これが自然型ゆうことなんや。

この前言うた頭の働かせ方の切り替え、あれも自然型や。

な、身体が今なにを求めてどうしたいとおもてるか、
これをご都合の善悪に囚われんと読み取って、
身体のジャマをせえへんこと、

身体のしたいことをじゃましてるもんを見つけて
除けれるもんは除けたげる、
除けられへんもんは主(ぬし)にお伝えして除けてもらうようにすること、
欲しい言うてるもんがあったら足してあげること、

これが治療者と呼ばれてる身体の剪定人のやることや。

ホンマの治療者いうんは
身体の自然型について直感的にわかってる人のことを言う。

少なくともこういう考え方は医学部ではいっさい教えへん。
医者やったら
現場の体験の中で見つけてきた人しかわからんやろなぁ。

何せこういうこと書いてる本もあれへんもんなぁ。

世の中にあるほとんどの薬ゆうもんは、
ブロッカーて言うて
身体の自然治癒の働きをじゃまする成分や。

ブロックするもの、止めるものいう意味やな。

これぜんぶ対症療法なんや。

あんた方が
「症状が悪や」
て思うとるから
こんな薬が大流行りする。

針でも灸でもカイロでも健康食品でも断食でも全部一緒や、
症状の意味わからんと止めとる治療者は
身体つぶしてるようなもんや。

治療者は、間違えても自分が「病気を治せる」なんて思たらあかん。

そう思てる奴は傲慢野郎のコンコンチキや。

医者でもカイロでも鍼灸でも霊能力でもいい、
もし治療者が「自分が治した」と言いたかったら
死体の傷を直してもらいたい。

別に死体を生き返らせろというわけやあらへん。
自然治癒力のお世話にならんで傷をひっつけてほしい。

結果から言うたら「死体は直らん。」

病気になってしもた人も、
間違えても治療者や薬とか食品なんかだけで
病気が直るとか思たらあかん。

そう思てる奴は愚かもんの不精もんのお手軽バカや。

みんなが他人を治した治した言うてるんは、
歪んでるのんを真っ直ぐなる方向にちょっと手伝っただけや。

もともと身体は元に戻りたがってるんや。

他人は身体のお手伝いをするが精一杯なんや。

「病気を治そう」ていうんは
「病気は悪い」ていう考え方やてわかったら
「病気を治そう」としたらあかんていうのわかるやろ。

病気いうもんはアタマや他人が「治す」もんやのうて、
歪めていることを解消したら自ずから「直る」もんなんや。

自然治癒力を強うするいうたら
身体の細胞一個一個がその持てる能力を100%働かせることや。

そのためには身体の自然の基本にもどらんとあかん。

なんというても
大脳でくよくよ考えて旧脳を押さえつけてる
のをやめんとどないしょうもない。

これがストレスいうもんなんや。

旧脳が喜ぶようにしてやらんとあかんのや。

旧脳が喜ぶのは「うれしい」感情になることやと言うた。
実際「うれしい」時は
免疫力も、ホルモン分泌も、新陳代謝も活発になる。

これがなかったらいくら何をやっても効果はない。

小理屈言わんと、
まずいつも「うれしい」気分になれること。

その上ですべてが始まると思うてぇや。

身体は
もって産まれたように使こうてくれること
がうれしいんや。

足は足、手は手、肺は肺、胃は胃、腸は腸、骨は骨、関節は関節。
それぞれもって産まれた使い方してくれたときに
一番血液が流れることになってる。

血液がいっぱい流れてきたら、
細胞は酸素と栄養分に満ち足りてうれしいんや。

その時にいろんな栄養分があったら
もっと「うれしい」ていうのんわかるやろ。

シモンイモの栄養分いうんはそういうもんや。

グズグス言うも一日、
カリカリくるのも一日、
クヨクヨするも一日、

どうせシモンイモにすがるくらいに
他の治療では追いつまってるんやろ?

どうせやったら
シモンイモと河井の戯言にだまされて開き直って、
飯喰ってシモン喰って
へらへら楽しゅう身体動かして遊んでみるのも、
それも同じ一日や。

「ひょっとしたら死ぬんちゃうやろか?」
て思とるんやろ?

それやったらなおのこと、
なんでこの一日を大事に楽しゅう生きへんのか、
私ゃみんなのその神経が理解でけへんわ。

今生きへんで、いつ生きるんや。


続く
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。